イスラエルのセキュリティスタートアップ

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執筆者:手塚 弘章

イスラエル
         

目次

IWIとイスラエルの関係

私は、2005年にイスラエルへ初めて訪問し、前出の8200部隊出身の友人と数社のセキュリティ関連のベンチャー企業を訪問しました。

2002年位からその友人とは情報交換を行っており、現地での友人・知人の輪を広げることができています。

2015年にセキュリティビジネスの責任者となってからは毎年イスラエルを訪問し、コロナ禍前には年に4、5回は出張していました。その甲斐あって、イスラエルでの知人・友人も増え、またミーティングも多くなりました。

スタートアップ企業が求めるスピードで動く為に、2018年8月には、テルアビブにオフィスを開設しています。コロナ禍で訪問できなくなる寸前までイスラエルに行っており、現在でも週に2、3回はWeb会議をしています。

イスラエルでサイバーを含めた最新技術領域に従事しているのは人口の15%程度で、私が専門としているサイバーセキュリティ企業の多くは8200部隊出身者が創業しているために、世間がとても狭く知人の話をすると、その人を知っていると言う人がほぼ確実にいます。

IWIオフィスのあるテルアビブでは弁護士事務所、政府関係者やベンチャーやスタートアップの人達も含めて情報交換をしており、イスラエルでは過去の販売実績からかIWIの名前が知られているようです。また現地ではイスラエル・日商工会議所にも所属しており、日本大使館やJETROにもお世話になっていますので、新規探索には人脈も情報入手に関しても事欠かない状況になっています。

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イスラエルでの企業発掘

ステルスモードからスタートアップ創業時には、シードファンドを出資するエンジェルや専門のVCが支えるのですが、この時点では本当に生き残れるのかどうかを判断することは困難です。

従って、ステルスモード企業、スタートアップ企業は2年程度情報交換をしつつ成長できるソリューションなのか、市場で受け入れて貰えるソリューションなのかを観察することになります。

スタートアップ企業となっても、その後VCからシリーズAのファンディングが得られるかどうかで、生き残れる企業となるかどうかが決まります。

幸か不幸か、日本はサイバーセキュリティに関しては市場の成長速度が早くなく、イスラエルやサイバー先進国の状況を見ることで、日本の将来を垣間見ることが可能です。

当然日本でビジネスを行っているので、日本の市場に受け入れられる、日本で必要とされるソリューションを扱う事が重要です。また、イスラエルの製品を扱うには、ソリューションの本質を見極め、その上でその製品の特長となっている最新の技術習得をすることが必須になります。

ソリューションの見極めは日本の市場や、お客様の声を聞いて判断しますが、技術に関しては知識が豊富で深いレベルで理解できるエンジニアが必須になります。そのために新しい企業発掘では必ずビジネス担当と技術担当の最低2名で活動を行っています。

また、特に新しい考えやソリューション、あるいは技術に関しては、表面的な話を聞くだけやWebサイトを見てもほとんど理解不能です。疑い深い人間の私としては、直接聞いた話でさえも本当なのかと思うほど斬新なソリューションもあります。

その為に、必ず実際に当該スタートアップが、たとえWeWorkの様なシェアオフィスで設立されていても訪問し、数回に渡りその会社の色々な人達、CEOやCTOだけでなくエンジニアの人達と会うようにしています。たまにどういう技術でどう実現しているかと言った本質に触れてしまい、CTOの機嫌が悪くなることもありますが。

日本人への対応

元リトアニア領事の杉原千畝*1さんがユダヤ人に日本政府の指示に反して大量の通過ビザを発行したお陰なのか、イスラエルの人達は非常に日本人には友好的です。

彼らは、兵役後大学に行く前に海外旅行を1年位するのが常のようですが、行き先として一番人気なのが日本だそうです。もっとも、日本は物価が高いので他の国に行かざるを得ない人も多いそうです。とは言え、物価はイスラエルも日本と同等以上に高いのですが。

過去、交流のあったイスラエルのベンチャー企業に訪問した際に、東京の路上でアクセサリーを販売してたことがあるとか、タクシーでドライバーに急に日本語で「某弁当屋さんは最高だ」と話しかけられたり、はたまた売店では日本語で話しかけられたりしたことがあります。また、別のタクシーでは、どこの国から来たのかと聞かれて、日本だと言うと突然丁寧な対応になったりしたこともあります。(ただ、日本人は言われた金額を律儀に払うために、ぼったくられることもありますので気を付けてください。)

イスラエルでは日本レストラン、特に寿司が非常に人気です。初めてイスラエルに訪問した際にも自宅に招待してくれて、今日は寿司だと言って出してくれました。私としてはシャカシューカやフムスなどのイスラエル料理が食べたかったのですが。

イスラエル、スタートアップの人との付き合い方

当然、ビジネスとしてイスラエルの人に会うので、自分がどこの会社の誰かというのは必要な情報として伝え、深い情報を得るために様々な質問をしていきます。その際に表面的に付き合っているのか、そうではなく真剣に付き合おうとしてくれているのかは、個人対個人の関係性で変わります。もちろんヘブライ語は話せませんが、最新技術領域に従事している人達は大学で英語の本を使って学ぶために全員英語が話せます。

従って会話は全て双方にとって第二外国語の英語での会話になりますが、英語の上手い下手ではなく、欧米的に個人主義の文化ですので、どれほど真剣に会話をしようとしているか、話している内容が表面的でないかでどんどん付合いが深くなっていきます。(街中において、例えばタクシーであっても、英語が話せて、読めることが当り前ではないのでご注意ください。)

2005年に初めての訪問の際に自宅で寿司を食べさせてくれたスタートアップのCEOは、当社が現在販売している製品を知るために、2016年に当社が初めて訪問したスタートアップ企業のCEOになっており再会しました。

シリアルアントレプレナーの彼はその企業が成長すると共にCEOを退任してしまい、たまたま道端でバッタリ出会ったら、次のビジネスを作るプロジェクトを進行していると言って、昼食を食べながら延々と新しいスタートアップの説明をしてくれました。

様々なサイバーセキュリティ

サイバーセキュリティと言っても、多岐に亘っておりジャンル分けをされています。例えば下記の図では、「Network Security」「Mobile Security」「Governance & Compliance」「Web Security」「Detection & Prevention」「IoT」「Endpoint Security」「AI」「Blockchain」「HW-based Attacks」「Cyber Posture」「Transportation」「Application Security」「UEBA」「Insider Threats」「Deception」「Training、Education & Awareness」「Cyber Range」「Cyber Threat Intelligence」「Fraud」「IAM」「Industrial Cybersecurity」「SOC」「Incident Response & Forensics」「Healthcare」とジャンル分けされています。(複数のジャンルに利用可能であれば同じ社名が複数回出てきます)

一言でサイバーセキュリティソリューションと言っても、これほど(他の分類もあります)多岐に亘ってジャンル分けされるほど多くのアイデアを持った企業があると言う事です。

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上記の図*2は、2021年3月時点でのイスラエルのサイバーセキュリティ関連のソリューションで有益と思われる企業をまとめたものです。

この中にはステルスモードや、出来たばかりのスタートアップは載っておらず、多くはベンチャー企業へと成長した企業です。もちろん、これらの企業が全て成功を収めるのではなく生き残れる企業は限られてしまいます。

イスラエルのほとんどのスタートアップやそこに資本投資しているエンジェルあるいはVCにとっての成功パターン、いわゆるイグジットパターンとしては、ナスダックなどへのIPO(新規公開)ではなく、どこかの大手企業に買収されることです。

私が訪問していたいくつかの企業においても、信じられないほどの高額で大手企業に買収された企業があります。恐らく、創業者やシード資本を投資した人たちにとってはこれ以上の喜びは無いほど投資回収が出来たのではないでしょうか。

また、過去訪問した会社のCTOはAIの研究を大学でしており、何にAI技術を使うのが効果的に活用できるか、あるいはビジネスとして成功するかを考えて、サイバーセキュリティへ活用していると言っていました。

つまり、イスラエルではAI、ナノテク、光学/音、無線などの基礎技術に力を入れているので応用範囲としても広がりがあり、サイバーセキュリティだけでなく農業技術(淡水化含む)、医療・ヘルスケア技術、自動運転などの広範なエリアで新技術、新規ソリューションを生み出すことができるのだと思います。

イスラエルとの関係

海外、特に日本にはあまり馴染みのない中東のイスラエルがサイバーセキュリティの先進国であり、日本政府も2017年5月に「日本・イスラエル・イノベーション・パートナーシップ」共同声明をだしてJIIN(日本・イスラエル・イノベーション・ネットワーク)が設立されました。

2021年に開催されたJIINの第三回政策対話では、サイバーセキュリティ分野における研究開発協力の成果が確認され、強固な協力関係作りをすることになっています*3。

今後、一層サイバーセキュリティ分野ではイスラエルとの関係が強くなっていくと思います。

イスラエルとの関係構築も一朝一夕では難しいとは思いますが、本Blogが何かの助けになるのであれば、あるいはサイバーセキュリティ以外でもご協力できることがあればお声がけください。

番外編:次世代のテクノロジーを生む9900部隊*4

今では公にすることが許可されているようですが、過去ほとんど表に出ることはなく、その存在も表明することが出来なかった9900部隊というのがIDFにはあります。

この部隊は地理データや衛星画像分析、つまり高高度監視画像分析に強みを持っており、9900部隊の出身者がイスラエルの新規技術領域に新たなトレンドをもたらそうとしています。

例えば、コンピュータの画像分析での生検組織(病変部位の組織)の解析、自動運転で必須の画像認識、特定の地域や巨大な敷地の内部を解析するなどの技術です。

現在では、9900部隊のビジュアルデータ解析技術と、8200部隊のビッグデータ解析技術を使い、複数の衛星画像をマシンラーニングで解析して特定地域や巨大な敷地の内部を解析するテクノロジーへと発展しているようです。

またWaze(地図アプリ)やGett(タクシー手配アプリ)Moovit(交通ナビゲーションアプリ)など、私もイスラエルでお世話になっているスマホアプリに活用されているとのことです。

しかし、一方でこの技術が生かされたのは、残念ながら今年5月に発生したイスラエルとハマス(武装闘争によるイスラム国家樹立を目的として設立したイスラム教の武装組織)*5の戦闘*6でした。

イスラエルはミサイル攻撃、情報戦、サイバー戦、心理戦、宣伝戦などを総合的に実施し、ハマスは世論戦を重視して、ガザ地区のパレスチナ人被害者を強調することで世論戦を有利に展開しました。

一方イスラエルは、8200部隊と9900部隊の連携で、例えばとある学校の隣にあるハマスのロケット発射台、地下にあるロケットの製造/貯蔵所、ハマスの司令官の住居などをピンポイントで攻撃を行いました。ガザの国連パレスチナ難民機関も「攻撃の残忍さが強く感じられる一方で、イスラエル国防軍の攻撃方法には、非常に洗練された印象がある」と認めているそうです。

ガザ地区から飛来するロケット砲には、アイアンドーム*7の発射するミサイルで迎撃を行っていたことはご存じの通りです。 

脚注(参考文献一覧)

  1. ウィキペディア|杉原千畝(参照日:2021-09-14)
  2. cyberstartupobservatory|Israel Cyber Security Companies – Israel CyberSlide (参照日:2021-09-14)
  3. 経済産業省|日・イスラエル経済イノベーション政策対話及び日・イスラエル・イノベーションネットワーク(JIIN)総会を開催しました(参照日:2021-09-14)
  4. Forbes JAPAN|イスラエルの次世代テクノロジーを生む「9900部隊」出身者たち(参照日:2021-09-14)
  5. 公安調査庁|ハマス(HAMAS) | 国際テロリズム要覧2021(参照日:2021-09-14)
  6. JBpress|世界初、イスラエルがパレスチナで実施したAI戦争 イスラエル・パレスチナ紛争は現代戦研究の宝庫だ(参照日:2021-09-14)
  7. ウィキペディア|アイアンドーム(参照日:2021-09-14)