【IWI×Studio Ousia対談】
世界水準の自然言語処理技術の"磨き方"と"生かし方"
2022.03.30 公開
株式会社インテリジェント ウェイブ(以下、IWI)は、DX推進の一環として、世界最先端の質問応答AIモデル「Sōseki」を搭載したSaaS型QAシステム「アンサーロボ」を導入しました。「アンサーロボ」を提供するのは、自然言語処理分野において世界レベルの技術力を誇る、株式会社Studio Ousia(以下、Studio Ousia)。今回の対談では、Studio OusiaのCEO 渡邉 安弘氏(以下、敬称略)をお招きし、アンサーロボ導入の経緯や自然言語処理分野のトレンド、組織のあり方など、様々なテーマについて対談を行いました。
株式会社インテリジェント ウェイブ 代表取締役社長
佐藤 邦光(さとう くにみつ)
2020年9月にインテリジェント ウェイブ社長に就任。次世代の情報化社会に向けて、「決済、金融、セキュリティ分野を含む様々な企業のビジネスリライアビリティ(※)を支えるITサービス会社」になることをミッションとする変革をスタートさせる。社員と、会社の将来はどうあるべきかを議論しながら、従来の延長線にはない変革を常に求めている。また「働きやすさ」と「働きがい」を追求する多様な働き方と多様な人財の活躍の推進を通じて、新たな挑戦や創造を生み出す組織づくりを進めている。“世の中を変える”、“未来を創り出す”という実感を挑戦の醍醐味としており、新たな挑戦を通して、持続可能な社会に貢献し、社員と会社の成長の実現を目指している。
(※)ビジネスリライアビリティ:顧客事業の信頼性および自社事業の信頼性を高め続けること。※当社の造語。
株式会社Studio Ousia 代表取締役兼CEO
渡邉 安弘(わたなべ やすひろ)
慶應義塾大学環境情報学部卒業。日本合同ファイナンス(現ジャフコ)投資部にて投資活動を行う。その後、アイエヌジー生命保険(現エヌエヌ生命)を経て、2000年2月 独立系VCファンド、インキュベイトキャピタルパートナーズ(現インキュベイトファンドの前身)設立、情報通信関連のシードステージに特化した投資を行う。主な投資先はファンコミュニケーションズ、オープンドアなど。自然言語処理による新しい可能性を追求し、実用化を積極的に推進すべく、2007年2月にStudio Ousiaを共同創業。
Studio Ousiaの事業について、改めてご説明ください。
渡邉:自然言語処理技術を用いて、「質問応答(Question Answering)」の研究やプロダクト開発をしています。
質問応答は、自然言語処理において最も注目されている領域であり、一般的には「検索」に近いイメージを持たれる領域の研究分野ですが、検索というのは単に、ユーザーが入力した文字列や文章が含まれるテキストを出力するだけと定義できます。それに対して、質問応答は、クエリやキーワードの意味を解釈して、テキストの中から回答になり得る箇所を抽出する。両者は似ているようで、大きく異なるのです。
Web検索の世界では、従来の検索的なアルゴリズムからユーザの検索クエリに直接回答するという質問応答形式へという変化が生まれており、Googleは少し前に検索アルゴリズムをBERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers)という自然言語処理モデルに変更しました。例えばGoogleで「江戸幕府を開いたのは誰」と検索すると、徳川家康が開いたとする記述がトップに表示され、まさに質問に対し、回答箇所を提示しています。この流れは他の検索エンジンにもみられ、「Bing」や「Baidu(百度)」も自然言語処理技術を取り入れるなど、Web全体で「キーワード検索から質問応答へ」という転換が進んでいます。
業務や日常生活でのコミュニケーションにおいて、実は質問応答で成り立っている部分が多いです。Studio Ousiaは、長年培ってきた自然言語処理の技術を生かして、誰もが簡単に利用できる質問応答のサービスを提供しています。
佐藤:会社を設立した当初から、質問応答の分野に着目されていたのですか?
渡邉:いえ、現在ほど事業領域を明確にしていたわけではありませんでした。創業は2007年まで遡りますが、当初は自然言語処理とコンピュータサイエンスを融合した新たなサービスをつくりたいと考えており、実際に質問応答の分野にピボットしてプロダクト開発を手掛けるようになったのは2015年前後のこと。ちょうど世の中にボット(bot)という言葉が出回り始めた時期で、LINEの利用者数が急激に増加するなど、ユーザー同士のコミュニケーションが、チャットに変わってきたタイミングです。
そこで、質問応答とチャットを組み合わせた領域にフォーカスすることで、当社の研究開発の強みを生かせるのではと思うようになりました。ここから本格的にプロダクト開発を進めていき、現在は質問応答システム「QA ENGINE」や、今回IWIさんに導入いただいた「アンサーロボ」といった製品を提供するに至っています。
IWIでのアンサーロボ導入について、経緯をお聞かせください。
佐藤:渡邉さんとは、私が大日本印刷(以下、DNP)に在籍していたころからのお付き合いです。当時から、新しい技術ができるたびに紹介してくれ、「良いものを作り続けたい」という姿勢が印象的でした。
Studio Ousiaと立ち位置は違いますが、IWIにも自然言語処理やAIソリューションを手掛けるチームがあります。彼らからも「Studio Ousiaはすごい」と聞いていましたが、質問応答AIモデル「Sōseki」を渡邉さんたちが発表されたことで、その確信がさらに強まった。また、私個人としては「常によりよいプロダクトを作りたい」という皆さんの姿勢に、深く感銘を受けていました。そうした中で「アンサーロボをリリースします」と渡邉さんから連絡をいただいたので、すぐに導入検討を開始した次第です。
渡邉:実際にリリースしたのはつい先日の2022年1月です。その後、2週間のトライアルご利用後、すぐに本契約していただいて。実はIWIさんがファーストユーザーなのです(笑)。
佐藤:そうなんですね! それは知らなかった(笑)。とはいえ、先ほど申し上げた通りで以前からStudio Ousia の取組みを評価させていただいていましたから、導入に不安は全くありませんでしたね。
タイミングも非常に良かった。当社ではいま、“働き方の変革”に力を注いでいます。その中でアンサーロボを紹介いただいたので、「まずは使ってみよう」と。SaaSで導入コストを抑えられ、手軽に利用を開始できる点も決め手の1つです。
渡邉:日本の大手企業が、ローンチして間もない新製品を導入するというケースは、そう多くないでしょう。社内に自然言語処理に詳しい技術者の方がいらっしゃる、IWIさんならではのスピード感だと思います。私たちの技術を十分ご理解された上でご契約いただけたことは、素直にとても嬉しいですね。
IWIでは、どのような目的・役割でアンサーロボを導入されたのでしょうか?
佐藤:導入先は、風土改革推進をはじめとする経営管理部門です。これまで、社内から届く問合せに対して、主にメールで対応していたのですが、その作業をアンサーロボで自動化しています。業務効率化ではなく、業務そのものを見直し、働き方変革や従業員体験(EX)の進化・成長をもたらすことに期待しています。
担当部署に伝えているのは、「まず自分たちでシステムを使って、工夫してみてほしい」ということ。情シス(情報システム部)に使い方を逐一教わるのではなく、自分たちで選んだ技術なのだから、自分たちでしっかり使いこなそうと。「会社がやれといったからやる」のではなく、業務改革を自分ごととして捉える意識こそが、業務効率化、DX推進には欠かせません。将来的には、管理部門であっても、ローコード開発ツールなども活用しながら、自分たちで業務改善システムを構築できるレベルにまで成長してほしいと期待しています。
IWIもStudio Ousiaもエンジニアが中心の企業です。文化が似た企業同士であったからこそスムーズな導入、その後の運用に繋がっているのかもしれませんね。
佐藤:自然言語処理は、IWIでも絶対に取り組み続けるべき技術だと考えています。短期的な売上、利益の追求に留まらず、コアとなる技術をしっかり磨き続ける姿勢は、我々のエンジニアも同じです。今日こうして改めてお話して、技術への向き合い方・考え方が、Studio Ousiaさんと我々はかなり似ていると感じました。
渡邉:私も、以前から企業文化の部分で共感させていただく場面が多いと感じています。技術に対して常にチャレンジされている姿勢は特に共感しますね。Studio Ousiaでも、グローバルで評価されるものを作ろうという方針の元、様々なチャレンジを続けています。
2020年には、機械学習に関する国際会議「NeurIPS(Neural Information Processing Systems)」で開催された大規模コンペティション「Efficient QA」に、東北大学との共同チームで参加しました。実際にGoogle検索された1,800の質問に対する回答、その正解率を競うという内容です。結果的には、私たちのAIモデル「Sōseki」が、実用的なシステムを対象とした「6GBトラック部門」において、Facebook社(現Meta)に次ぐ準優勝。無制限トラック部門でもMicrosoft社とFacebook社に続き、3位という成果を得られました。
また、自然言語処理の研究者であれば誰もが知っているHugging Face社が提供する世界標準のNLPライブラリ「Transformers」に、弊社チーフサイエンティストの山田が中心となって開発したAIモデル「LUKE」「mLUKE」が公式に提供モデルの1つとして採用されました。Transformersに採用されるモデルは、GAFAMやOpen AIなどの巨大企業や研究機関が開発したものがほとんどであり、その中に日本発のスタートアップであるStudio Ousiaも列記されています。日本企業のモデルがTransformersに採用されたのは当社が初めてです。
Studio Ousiaでは、ビジネスと研究開発を、どのように両立されているのでしょうか。
渡邉:研究開発はトライアンドエラーの繰り返しですから、失敗することも多々あります。そこにビジネスの論理、たとえば「第1四半期にプレスリリースを出して第3四半期にはサービスリリースを」といったスケジュール厳守や、短期的な成果を求める考え方を取り入れると、自由闊達に良いものを作ることが途端に難しくなってしまいます。技術者にはのびのび研究開発できる環境を提供しながら、同時にビジネス化にも取り組んでいくにはどうしたらいいのか。このバランスについては、私自身も長年悩み続けてきたところです。
私たちはスタートアップであり、人材や資金も限られています。その中で、グローバルに優位に立てる分野に経営資源を集中させ、継続して取り組むことが最も大切と考えています。私たちが得意とする「質問応答」という分野は、研究開発におけるテーマであると同時に、DX推進という観点でビジネスにおける重要なテーマでもあります。研究開発における強みが、そのままビジネスでの強みになっていきます。逆に言えば、覚悟を決めてブレずに継続するという考え方ですね。
佐藤:ビジネス部門と開発部門のバランスについては、私も難しく感じることがありますね。日本においては売上や利益だけが注目されすぎているのではと思います。技術者が「やりたくない」と感じる仕事に取り組まないといけない状態を生んだ結果、不満を抱えて退職してしまうケースも散見されますから。
渡邉:「会社のために」という言葉もありますが、人間は本質的には自分を大切に考える生き物です。会社にいる自分の価値は何なのか、やりたいことが会社で叶えられるのか。会社の目線に立てば、社員が持っている資質をどのように活かせるのか。それらが両立しないと、会社と社員、お互いにとってアンハッピーな結果になってしまいます。
佐藤:会社への所属意識ではなく、自分の力をいかに発揮できるか。社員一人ひとりの個性、成長を尊重できる組織作りが必要不可欠ですね。
IWIは多様性を強みに、社員の成長をしっかり支援すると宣言しており、社員とのクロストークや1on1を通じて、成長の実感や提言をしっかり聞くようにしています。今年1月からは、クロスジョブ制度や自己申告制度の導入、メンター・メンティ制度の見直しを行いました。昨年から社員交流の場としてWeb社内報「Diversity Wave」を始めています。こうした取組みを通じて、社員の個性豊かな才能を発見することができています。個人の力が発揮されると社会や会社は必ず成長していくのではと思っています。
渡邉:Studio Ousiaには、2022年2月時点で13名の社員が在籍中で、その中には東京大学の研究室で自然言語処理を学んでいるインターン生も含まれます。一般的に、インターン採用を実施している企業は、リクルーティングを兼ねていることが多いですよね。ただ当社では、インターン一人ひとりに、言語処理分野の専門知識を持ったエキスパートとして参画いただいている。自然言語処理の世界においては、「むしろインターン生の方が詳しい」といえるような新たな分野・専門領域もある。その力を、Studio Ousiaというチームで発揮していただければと。そして、私たちと一緒に働くことを通して、自身の研究につながる成果を得られるような場を作る。その点が、彼らの大きなモチベーションになっているのかなと思います。
また、会社全体での取組みとしては、「25%ルール」という制度も設けています。業務時間の25%を、コンペティションへの参加や論文執筆など、好きな研究の時間に充てられるというものです。明確な研究成果を求めたりはしませんが、多くの社員がその時間で得た知見を、研究やプロダクト開発に生かしてくれています。
佐藤:IWIは450名規模の会社ですから、全員が同じ目標に向かいつつ、高いモチベーションを維持するのは難しい。ただ、チーム単位で目標を共有していけるような体制づくりを進めることで、モチベーションの醸成を行えるのではないかとも思い、参考になりました。
チームがどんな社会課題に向き合っているか、社会にどのように貢献していくかを明らかにすることが必要と感じています。例えば不正検知システムを開発しているチームは「キャッシュレス社会における犯罪を止める」と言っています。かなりモチベーションが高いチームです。
多様な人財の確保という意味では、当社も採用方法を見直す必要があるかもしれません。「技術系」のような大枠での採用のみならず、チーム単位で募集してはというアイデアもあります。具体的な業務内容/必要なスキル/共に働くメンバーなど、参画するチームの詳細情報を明らかにして、ピンポイントで人財を募集するイメージです。「この会社に入りたい」ではなく、「このチームに入りたい」と、具体的に想像してもらえればなと。
渡邉:「このチームに入りたい」と思ってもらえるような雰囲気づくりの重要性については、私も同じ意見です。将来的に会社の規模が大きくなった時も、今の組織・文化を維持できればと思いました。
これからの展望についてお聞かせください
渡邉:当面の目標は、質問応答モデルのマルチリンガル化です。アジア圏を含めた多言語で、汎用的な質問応答ができるモデルの開発に、いまは注力しています。
また、中長期的なビジョンとしては、オフィスにあるワードやエクセル、PDFなどの多種多様なテキストから、質問の回答になる箇所を抽出できるようなプロダクトを作りたいと考えています。オフィス内に散財するテキストデータは、まさにその企業の知識財産といえますが、多くの企業様から、従来の検索アプローチでは探したいテキストデータ が見つからないという課題をいただくことが背景にあります。一部の大手企業様では、巨大な知識データベースを構築してこの課題をクリアしているところもございますが、膨大なコストと時間がかかります。我々は最先端の技術を活用することで、どのような企業でも導入しやすく、ある意味で「その組織のことであれば何でも答えてくれるA I」を開発し、知識財産の有効活用による生産性向上や付加価値向上に寄与したいと考えています。「一つの組織に一つのA I」これが我々のビジョンであり、今後も社会的インパクトのあるイノベーションを生み出していきたいですね。
佐藤:今回、第1号ユーザーとしてアンサーロボを導入したことで、Studio Ousiaさんとのとても良いご縁を得られたと思います。渡邉さんも今後は世界に出る志をお持ちとのことで、その点はIWIと共通しています。その際は、ぜひ一緒に挑戦できたらいいですね。